坂本 凱亜(さかもと がいあ)
- 資格
- はり師・きゅう師、JSメソッド認定鍼灸師、自律心体療法アドバンス上級コース終了
- 趣味・今ハマっていること
- 飼い猫を愛でる事 、サッカー鑑賞、 散歩
鍼灸師になろうと思ったきっかけ
「人の内にある力」に魅せられたからです。
それは鍼灸が“治す”のではなく、“その人の自然治癒力を引き出す”ことに本質があるという点でした。症状を無理に抑え込むのではなく、身体が本来持っている回復力を目覚めさせる。そのアプローチに、人間らしい温かさと深さを感じました。
また、鍼灸の世界では、「患者さんを信じること」そのものが治療の一部であることにも感銘を受けました。目に見える症状だけにとらわれず、その人自身の力や可能性を信じて寄り添う。“治す”のではなく、“その人が自分で治っていくこと”を支える在り方に、強く共感し鍼灸師になりたいと思いました。
耳鼻科に対する思い
はりきゅうルーム岳に入社してから、上咽頭炎、顔面神経麻痺、突発性難聴などの耳鼻科疾患が原因で、その人にとっての普通の日常生活を送る事が出来ないストレスや不安、恐怖を抱えている方がこんなにも多くいるのだと知りました。
本気で悩んでいる、困っている方が多くいらっしゃるからこそ、その人にとっての当たり前の日常に戻していく為のサポートをさせていただければ幸いです。
はりきゅうルーム岳に入ろうと思ったきっかけ
入社しようと思ったきっかけは2つあります。
1つ目は、難治性と言われる耳鼻科疾患を専門に特化しているからこそ、求められる知識や技術が高く鍼灸師としての成長に繋がると感じたからです。
2つ目は、はりきゅうルーム岳の鍼一本一本に対してのこだわりや考え方に惹かれたからです。
最小限の刺激で最大限の効果を出す事で、患者さんの負担は少なく身体は好転していく。それが鍼の真髄だと感じた為です。
渡部 修平(わたなべ しゅうへい)
- 資格
- はり師・きゅう師、あん摩マッサージ指圧師、JSメソッド認定鍼灸師
- 趣味・今ハマっていること
- 服、読書、温泉
鍼灸師になろうと思ったきっかけ
鍼灸という体の内側から美しくなっていく方法に出会い、一目惚れのような魅力を感じました。
それはたまたまYouTubeを見ていて、鍼灸という世界を知り、元々は美容が好きで美容関係のお仕事に携わりたい考えていました。
美容のお仕事にも色々なジャンルのものがあって、美容師や美容部員、整体師などいろいろ考えていましたが、外側からのケアだけでなく体の内側からケアできることが鍼灸の魅力だと思っています。
鍼灸を通じて美容を人に届けていきたいと思い上京し鍼灸師の道を目指すことになりました。
今は、美容=健康という面で多くの方のより良い健康な身体作りをサポートしたいと思っています。
耳鼻科に対する想い
私自身、健康の先に本当の美しさがあり、それを自分が耳鼻科疾患を通して叶えていきたいと思っています。
愛媛から上京してきて、慣れない環境から体の不調がずっと続いていました。
その中で一番辛かったことが、今ままで感じてきた普通のことが普通にできないことです。
今を楽しむことや休日に出かけることもできず、私の中で普通の基準が落ちていました。
そして、今の状態が上咽頭炎だった!ってこともはりきゅうルーム岳に入るまで知りませんでした。
自分のように何が原因か分からないまま、普通のことが普通にできなく日々悩んでいる人に何かしら変わるきっかけを与えたい。当たり前の事が当たり前のようにできる。
そして、健康であることの美しさを多くの方を通して叶えていきます!
はりきゅうルーム岳に入ろうと思ったきっかけ
私の大切な人、これから関わっていく人を幸せにしたい。そのために人に影響を与えられる人間になりたいと思ったからです。
それを叶えることができる環境が岳にはあると感じました。
私の大事にしている言葉があり、「悩んだり迷ったり遠回りした分、他人が見ていない何かを見ていて、それがあなたの財産です」
その言葉は、私が今までにたくさん悩んでたくさん迷ってその度に周りの人に支えられ、多くの影響を与えてもらっていくうちに、これからは私自身が誰かに何か与えれるような存在に絶対になる思いました。
その想いの強さが私の財産です。
影響を与えるためには、与えられる者より何かしら大きいものを持っていなければならないと私は考えてます。
Youtubeで「人生を変える体験をあなたに」という言葉に自分が思う影響力と似たような共感性を得てはりきゅうルーム岳という場所で学んでいきたいと感じました。
院長 足立 穂佳(あだち ほのか)
- 資格
- はり師・きゅう師(国家資格)、JSメソッド認定鍼灸師
- 趣味
- 社会人バスケ、アニメ(ハイキュー!!)
鍼灸師になろうと思ったきっかけ
鍼灸師になろうと思ったきっかけは、高校の部活生活時代にあります。
私は高校までバスケ部に所属してました。高校は県内3位以内に入る強豪チーム。小中とレギュラーだった自分もベンチに入るのがやっとでした。
ユニフォームを着ているのに、試合を見てるだけの自分。試合に出してもらっても思うようにいかず、すぐ交代。「次こそは!」と思えば思うほど良い結果が出せず、どんどん負の連鎖にはまっていく…。そんな自分が嫌でした。
そこで暗くなってしまうのも嫌で、プレーじゃなくてもいいから「なにか自分にもできることを見つけたら、この負の連鎖から抜け出せるんじゃないか」と考えました。
ある日、試合で疲れているメンバーが「疲れた。もう動けない…」と横になって休んでるのを見て、ノリでマッサージをしました。「すごい軽くなった!ありがとう!」と喜んでもらい「自分にもできることがあるんだ」と嬉しくなりました。
それから整骨院行くたびに筋肉の緩め方、ケアなど、色々聞くようになりました。先生から「そんなに治療に興味があるなら鍼も受けてみる?」と言われ、好奇心で鍼を受けてみました。
鍼を受けてみると、驚くくらい痛みがスッとに引き「こんな細い鍼で効果が出るっておもしろい!」「魔法みたい…!」と衝撃を受けました。「なんでそうなるの?」「鍼に薬でも塗ってるの?」と、鍼への興味が湧き、その鍼灸師の先生に質問責めをしました。
「自分もやってみたい!」という思いが募り、ほぼ勢いでしたが鍼灸の道に入ることを決めました。
耳鼻科に対する想い
私は、はりきゅうルーム岳に入社するまで上咽頭炎という疾患があることを知りませんでした。さらに、顔面神経麻痺や突発性難聴も鍼が効果があると学校で習いましたが、治るのは難しいのでは…と思っていました。
はりきゅうルーム岳に入社して、先輩スタッフが患者さんから頂戴した『体験談』を目にする機会があり、その時に初めて「ここまで回復するものなのか!」と驚きました。
それと同時に、今までの自分は「これは難しい症状だから…」「原因もよくわかってないから…」と勝手に逃げており、そう言ったお悩みの方と100%向き合えていなかったことに気づきました。
一般的には治りづらいと言われている、顔面神経麻痺・突発性難聴・上咽頭炎などの症状が改善していく様子を目の当たりにして「知らずに逃げていた自分はもう嫌だ、自分も患者さんと本気で向き合っていきたい!」そう思いました。
お悩みを抱え「どうにかしたい」「治したい!」と本気で思っている方と100%で向き合って、私の持っている全力でサポートしていきます。
はりきゅうルーム岳に入ろうと思ったきっかけ
鍼灸師として人として成長し、自分に自信を持ちたいと思ったからです。
私は鍼の不思議な魅力が大好きです。いろんな勉強をしたい!知識に触れたい!と希望を抱いて鍼灸師になりました。
最初に勤めたのは鍼灸整骨院。実際に仕事をしていくと、理想と現実のギャップに直面しました。
鍼灸師なのにマッサージ業務が中心。好きな鍼を打てても一人一人しっかりと診る時間はなし。「早く打て」「売り上げを上げろ」と言われるばかり。
「なんで自分はこんなことをしているのだろう…」と気分が落ちていた時期がありました。いっそ仕事を辞め、好きな鍼もやめてしまおうかと悩みました。
そんなときに、はりきゅうルーム岳の人財募集を見つけました。ホームページには「鍼灸師として誇りを持てる職場です」と書かれてありました。
その言葉を読んで、鍼灸師として誇りを持てていない自分に気がつきました。鍼灸が好きな私は「自分も鍼灸師として誇りを持てるようになりたい…!」と強く思い、入社することに決めました。
総院長 我妻 樹(あづま いつき)
- 資格
- はり師、きゅう師(国家資格)
- 趣味
- 中学生の頃からエレキギターを弾くことが好きで、大学生の時に学園祭でバンドのギターとして演奏したこともあるが、現在は休日にたまに弾く程度で楽しんでいる。音楽は自分で演奏することも、聞くこともどちらも非常に好き。 ランニングは3年前くらいから始め、地元の木が多い大きな公園をよく走っている。 その他、ゲームや漫画を読むことが好き。
私の生きがいは患者様が笑顔になる瞬間です
私は元々消防士を目指していました。理由は、誰かに喜んでもらえたり感謝される仕事に就きたいと思ったからです。
自分がした事によって誰かが喜ぶ顔を見る瞬間が、生きていて一番良かったと思えるのです。
中学生の時に、通学路にある家屋が火事になっていました。窓から沢山の煙が出ている中を、現場の消防官が進入し住民の方を救助しているのを見て強い憧れを抱いていました。
そして消防官を目指している年に足首に怪我を負ってしまいました。手術をしなければ治らず、手術をしても足首に爆弾を抱えたまま危険な現場に立てないと思い途方に暮れている時に、父が一人の方を紹介してくれました。
その方は当時鍼灸の専門学校に通っている方でした。
父は私が誰かに喜ばれたり感謝される仕事は鍼灸師も同じなんじゃないかと言ってくれました。そして鍼灸学校に通っている方の話を伺って、私自身もこの仕事しかないという思いに至り、鍼灸師となりました。
学生の時に陸上とサッカーをやっていて、怪我をしてもなかなか休めなかったりパフォーマンスが落ちることが度々ありました。少しでも怪我が早く治るためにはどうしたらいいか、怪我をしないためにはどうすればいいかを自分で考えて過ごしていました。
チームメイト内でも私が身体のことに詳しいという認識ができ、なんとなく身体のことを相談されるようになりました。その時から身体の構造に興味を持ち、チームメイトに相談されるのが嬉しかったという出来事も鍼灸師になったきっかけの一つです。
現在まで多くの方を施術させて頂いて、「楽になった」「やりたいことができるようになった」「ありがとう」など笑顔でおっしゃって頂いた瞬間が、私にとっての最高に幸せな瞬間です。
これから先も、来院者様のたくさんの笑顔に出会えるよう日々精進していきます。
慢性中耳炎で苦労した幼少期。その後もちゃんと最後まで治療を受けていれば…
私は5歳の頃に慢性中耳炎という病気にかかり、週に2~3回のペースで2年半ほど耳鼻科に通った経験があります。
子供心に耳鼻科での治療は痛かったので、毎回憂鬱な気分だったことを覚えています。この後も数年に一度は中耳炎になり、高校生の時に鼓膜を切開する治療を受けてあまりの痛さに最後まで治療を受けなかったため、現在も右耳の聴力が少し悪い状態です。電話は左耳でしかとれないため不便なことがあります。
私のように耳はもちろん、鼻・喉というのは毎日使う器官ですので、それらに不調を抱えているのは、日常生活がとても辛く感じてしまいます。
有効な治療方法が確立されていない疾患もあり、「はりきゅうルーム 岳」では病院で治らなかった耳鼻科疾患を専門に施術をします。
私の鍼灸施術で、そのような方々が治って笑顔で過ごしていただきたいと強く思っています。
私がはりきゅうルーム岳に来た理由
私は以前、総院長の竹内と同じ職場で働いておりました。
その時に竹内の治療の視野の広さ、技術の高さ、発想力の豊かさなど多くのものに影響を受けました。毎日のように技術研修をやってもらい、その時学んだたくさんのことが私の鍼灸師としての心構えや技術のベースとなりました。
その後も竹内が講師をしているセミナーに参加させてもらったり、プライベートで勉強会をしたりしていました。これらの機会を通じ、はりきゅうルーム岳で行われている鍼灸施術に対する魅力が日増しに大きく感じられるようになったのです。
魅力はたくさんあるのですが、その一つに難治性の耳鼻科疾患に特化し、多くの方を完治させていることです。同じ鍼灸師として難治性の疾患を治療し治していくことの難しさはよく分かります。それができるのがはりきゅうルーム岳なのです。
苦しんでいる多くの方を笑顔にできる力があることが一つ目の理由です。
二つ目は、無駄な刺激を来院者様のお身体に与えないことです。
一般的なイメージは、鍼の使う本数が多ければ多いほどそれに比例して効果も高くなると思ってしまいがちなのですが、実はそうではないのです。過剰な刺激は逆にお身体の負担となります。
また、血液を一番送り込みたい部分へ血流を集中させて送り込めずに全身に分散してしまうため、辛い部分の施術効果を下げてしまうことになるのです。
はりきゅうルーム岳は最小限の刺激で最大限の効果を出す施術をする、まさに職人芸のような魅力的な鍼治療なのです。
はりきゅうルーム岳では、多くの方を笑顔にできると確信し入社しました。
事業責任者 大石 竜也(おおいし たつや)
- 資格
- はり師・きゅう師、アスレティックトレーナー(国家資格)、JSメソッド認定鍼灸師、Re Voiceメソッド認定鍼灸師
- 趣味・今ハマっていること
- 筋トレ、サーフィン、旅行
耳鼻科・はりきゅうルーム岳に対する想い
私が治療家を志した原点は、『夢を諦めざるを得ない人を救うこと』です。
高校時代、私は野球部でピッチャーを務めていました。
高校2年の秋、投げ過ぎによるオーバーユースで肘の剥離骨折と内側側副靱帯の断裂をしてしまいました。
それ以来ボールを投げることがままならなくなり、母とともに病院やリハビリに6ヶ月間通い続けました。
沢山の人にお世話になり協力して頂きました。しかし投げられるところまでの回復はせず夢見ていた甲子園のマウンドに立つことは叶いませんでした。
夏のメンバー発表の際に現実を受け入れられず、心が壊れかけ私は車道に身を投げ出そうとしました。
その時、偶然通りかかった親友が私の手をつかみ、引き止めてくれました。彼がいなければ、今ここにいる私はいません。友人に救われました。
そして迎えた高3の最後の大会では、マネージャーが話し合い、本来マネージャーが入るはずであるスコアラーをさせてもらいベンチに入らせて頂きました。
外からしか応援できないと思っていた自分が、チームの一員としてその場にいられたことで、救われた気持ちになったのを今でも覚えています。
ここでも仲間に救われました。
『怪我や病気で夢を絶たれてしまう人を、1人でも多く救いたい』
そう強く思うようになり、私は治療家の道を選びました。
大学では3年間、プロラグビーチームでトレーナーインターンを経験しました。
現場で人を支える中で、「やはり人を治して救う道に進みたい」という想いが明確になり鍼灸と整体を学び、臨床の世界に入りました。
これまでに、延べ17,000人以上の患者さまを救うお手伝いをさせて頂いております。
「はりきゅうルーム岳」と出会ったとき、私は衝撃を受けました。
世の中で「治らない」と言われた人たちを本気で救おうとしている治療院。
医師にも原因がわからなかった症状に対し、誠実に向き合い、改善へと導いている姿勢に強く惹かれました。
「常識を超え、人の未来を創る」
岳の理念は、私が治療家として信じてきたこと、目指した夢と重なります。
だからこそ私は、ここからさらに全国へ、そして世界へ、はりきゅうルーム岳の治療を広げていきたいと考えています。
それが今まで私自身が感じている救われた方々への恩返しだと考えます。
これまでも。そしてこれからも。誠実に、まっすぐに患者さまと向き合ってまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。
お電話ありがとうございます、
はりきゅうルーム岳 代々木上原院でございます。